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「テレビ・ビデオが子どもの心をダメにする」  〜しゃべれない子、コミュニケーションがとれない子、友達と遊べない子、すぐキレる子〜

川崎医科大学 小児科教授 片岡 直樹 先生
はじめに
 子どもを診察していてここ10年くらい危機感を感じている。今の子どもたちの心がどんなに痛めつけられているかということはデータにはでてきていないが、事実として現れている。今、多くの子どもたちは心の問題で引きこもり、援助交際、自殺、学校に行けなくなる(昔は原因があったが、今は原因のない不登校)などの事態に陥っている。それが普通の子どもに現れている時代なのである。こうした現象が起こるのは、自分というものができていないためではないか。自分を作るのに大切なことは注意力、意欲(動機付け)、メタ認知(自己反省)が育つことだが、テレビ、ビデオ、コンビューターなどのメディアにはまることによって、これらの力が育たなくなっていると私は考えている。20世紀は、考える脳の時代だといわれ、子どもたちの能力はできるだけ早くから伸ばすのが良いといわれ、早期教育がはじまった。しかし詰め込み教育では、自分を作るのに必要な時間が少なくなってしまい、感じる脳は発達しない。またメディアの発達により、自分の魂というものが破壊されてしまい、感性を育てられない環境に生きているのが、今の子どもたちである。ケネス・ジヤージェンは情報、社会的飽和のテクノロジー(メディア)の中では、魂が育たないことを「飽和した自己」といっている。2)子どもたちは今、命を軽々しくあつかったり、成果に対する情熱が強すぎて頭脳と魂が分離してしまった状況で生きているのではないだろうか。深く感じることよりも、いかに速く答えを出すかを重視して、人間に頼るよりもコンピューターのソフトに頼ることが多くなり、人工的な物(テクノロジーのソフト)に任せてしまっている。これでは子どもの内的な声が自己を埋没させてしまって、魂が育たないのも不思議ではない。長期にわたる人間同士の関わりのなかで子どもは他者との関わりを学び、良い関係づくりをするのであり、「飽和した自己」のなかでは人間関係を作ることは難しい。
 本日はもっと小さい乳幼児にスポットをあてて話したい。今、母親とのコミュニケーションがとれない自閉的な子どもが増えている。この子たちは自閉的障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)といわれているが、全てがその中に含まれるのであろうか。自閉症は生まれながらの脳の欠陥であると言われているので、私は自閉的傾向のある子やコミュニケーションのとれない子を「新しいタイプの言葉おくれの子どもたち」ということにしている。(この言葉は小嶋謙四郎氏が約20年前日本小児保健学会の講演で使っている)。言葉が遅れるのは1)難聴、2)知的障害、3)脳性麻痺、4)自閉症、S)その他の言葉遅れの原因が考えられるが、「新しいタイプの言葉遅れの子どもたち」を見ていると、運動能力の発達は年相応にあり、生活習慣も身に付いているのだが視線が親と合わず、言葉が遅れているのである。言語遅滞の分顛をすると@表出性言語遅滞、A受容性言語遅滞、B自閉性言語遅滞となる。@については,昔は単純性言語遅滞と言われていて単に発語が遅いだけであり、そのうち発語する。Aについては、発語とともに言語理解にも遅れが見られる場合で、@とBの中間にある。Bについては、発語、言語理解、対人関係の三つに遅れが見られる場合である。「新しいタイプの言葉遅れの子どもたち」はこの3タイプのいずれかにあてはまる。 @のタイプに入れられて、放っておかれたりBの分類に入れられると、教育的配慮をされたり、指示的に指導されることが多いが、そのような関わりでは言葉やコミュニケーション能力は育たない。
 早期教育とは早くから一方的につめこむことではなく、赤ちゃんのニーズ(欲求)に合わせることである。泣いているとき、なぜ泣くのか、言葉かけをしながら赤ちやんに関わりをもち、育てることが大切なのだ。テレビやビデオなどのメディアに子育てを頼るのではなく、人間との関わりの中で子育てをして、子育てが楽しいと思えるようになることが子育ちのすべてである。
 近年,私は,長時間テレビ・ビデオ視聴が関与した“新しいタイプの言語遅れの子どもたち”に数多く出合っているので,3症例を呈示し,次いで,20例のまとめを述べる。
 
症例
 2歳2カ月A子(平成4年生まれ)
 歩行1歳2カ月,乳児期からよく飲みよく眠り,手のかからない児だった。2歳上の姉が母親を独占したため,生後6カ月からテレビ・ビデオ視聴が遊びの大半を占めた。デイズニーもののビデオが大好きで,1歳頃には1本1〜2時間の作品を繰り返しみていた。2歳になっても言葉が出ず,1人でおもちゃ遊びをし,意味不明の独語を楽しそうに発するのみだった。衣食住の生活習慣は普通だったので家族は異常に気付かなかった。
 2歳2カ月言葉が出ないので,両親が知的な遅れを心配して,私のところへやってきた。目線が合わず,呼んでも振り向かない。指さしもしない。しかし,診察時一人でおとなしく座っていた。多動なし.母親との愛着が育っていないことを説明し,テレビ・ビデオを一切中止することと,人間同士のかかわり遊びを指導した。その後,ゆっくりと言葉がでるようになり,1年後保育園,そして小学校へ無事行くことができた。現在,小学4年生,友達が多く全く健全な生活を送っている。
 
 2歳6カ月B子(平成10年6月生まれ)
 母乳で育ち,離乳食もよく食べた。歩行11カ月,言葉がたくさん出た.化粧,ハイ,パイパイ,手を合わすなどの真似がたくさんでき,指さしも得意だった。母親は1年間の育休を終え,幼稚園の職場へ復帰した。その後,祖母や伯母が児の面倒をみた。テレビ・ビデオにはまり,アンパンマンビデオなど 1日7〜8時間みせた。1歳8カ月時、目が合わない,返事をしない,まったくしゃべらなくなった。テレビの中の体操のポーズをよく真似した。欲しいものは母親の手をひっぱって行って冷蔵庫の上の方や下の方をノックして知らせる。気に入らないと,ひっくりかえってパニックになる。母親が異常に気付き,家庭でのスキンシップをたくさんした。2歳6カ月私の書いた週刊宝石の記事をみて,テレビ・ビデオを一切中止した。3歳,初めて私の外来を訪れた。奇声を発する,言葉出ない。3歳半,母親の真似をしたり,要求を言葉で伝えようとする態度がみられ,少し変化してきている。
 
 3歳C男(平成10年生まれ)
 歩行1歳,元気に生まれ順調に育った。生れた時からテレビは1日中つけっぱなし。7カ月から早期塾へ通い始め,英語ビデオを1日2〜3時間,絵・数字・あいうえおカード各20〜30分を1日3回みせた。1歳頃アンマン,バーバー,プーなど赤ちゃん言葉が出ていたが,まもなく言葉が消えた。視線が合わず,両覿の言葉かけにも反応しなくなった。後退いや指さしもできない。2歳から言葉遅れのため親子教室へ週1回通っている。2歳10カ月私の本に出合い,テレビ・ビデオなど音の出るものを全部中止した。ミニカーを一列にきちんと並べて,トントンたたいて遊ぶ(1日数10回)。意味不明の独語をたくさん発する。3歳,私のところへ初めて来た。目と目が合わず,うろうろして座っていられない。ジェスチャーでの意思表示もできない。コミュニケーションは人間同士のかかわりの中で育つことを指導した。3歳半,呼ぶと振り向くようになり,遊びも少しかかわれだした。まだ言葉は出ない。
 
新しいタイプの言葉遅れ20例のまとめ
 難聴,運動発達遅滞あるいは原因の明らかな知的障害が認められない言語発達遅滞児を対象とした。小児の言語遅滞の分類(表1)にあてはめると,@親の言うことは何でも理解できるが言葉が出ない表出性言語遅滞(単純性)7例,A親に懐いているけれども言葉の理解が悪い受容性言語遅滞6例,B親に全く懐かず言語理解も言葉もない自閉的な言語発達遅滞7例だった。
 
表1 言語発達遅滞の分類

    発語
(表出) 言語理解
(受容) 対人関係
(社会性) 診断
 
@    遅れ   正常 正常 表出性言語遅滞
A    遅れ   遅れ 正常 受容性言語遅滞 難聴
B    遅れ   遅れ 遅れ 自閉性言語遅滞 精神遅滞
 
 彼ら20例の生活環境は孤立しており,遊びの対象はテレビ・ビデオなど一方通行の刺激になるものがほとんどだった。わが子と一緒にいてもどうかかわってよいかわからない,わが子を好きになれない,安易にテレビ・ビデオに子守りをさせる,乳児期から教育ビテオを見させるなど保育者に問題が多くみられた。最も気にかかることは生まれてからずっとテレビがつけっぱなしになっている事例が多かったことである。
 言葉遅れの3つのグループの差は,時間的に早期に孤立したことや,テレビ・ビデオに熱中する時間の長さが密接に関係している。
 20例の予後については,全員言葉が増え,理解や対人関係も回復している。今回の事例は,特に回復の著明なものだけを集めている。何故なら,これらの症例は完全に回復することを前提にしているからである。しかし,症例が増えるに伴い,回復がはかばかしくない例も多くなっている。初診時の年齢が 3歳を越えたりあるいは,対人関係の乏しい事例は相当回復が難しいと感じている。注目すべきことは単純性言語遅滞の子どもたちが,言葉の出現は順調であるにもかかわらず保育園・幼堆園など集団の中へ入ると友達と遊べない,多動,突然かんしゃくを起こすなど“注意欠陥多動性障害類似”の症状を起こすことである。彼らは,対人関係の乏しい言語発達遅滞児の数倍多く存在するので,大変やっかいな問題である。
 これら言語遅れの病因因子は,おとなしいあるいは敏感な子どもの気質,母覿の性格や精神状態,育児環境などが考えられるが,保育者と子どもの相互の関係性のゆがみが問題だ。そして,そこへ一方通行のメディアが大きく関与しているとしか言いようがない。私が出合う多くの言葉遅れの子どもたちは,一方通行のテレビ・ビデオ視聴をシャワーの如くあびている。また,一日中テレビのつけっぱなしの中で一人ぼっちで育ち,言葉が増えない子どももいる。言うまでもないことではあるが,テレビだけが影響していると言っているのではない。それ以外に電子おもちゃやパズルにはまったり,人間とのかかわりが少なくて言葉が出ない事例も経験している。要するに人間として育つには応答的環境が不可避なのである。
 はじめに呈示した3症例とも言葉遅れとしては最も重症の“自閉症類似”にあてはまるが,起こり方は三人三様である。A子は赤ちゃんの頃から何となくテレビに子守りをさせていた例,B子は1歳過ぎからテレビ・ビデオにはまり,折れ線タイプの言葉遅れをきたした例,C男は早期塾に通いパターン化した知育にはまった例。赤ちゃんが人間らしく育つには,母児の愛着形成が何如に大切であるかを如実に示している。母親,父親の声で語ること,遊ぶこと,そして子ども同士のごっこ遊びが子どもの脳を賢く育てるということは昔は常識的なことであった。
 子どもが言葉を獲得するためには,乳児の自発的発声として出発した生後1〜2カ月の「アー」「ウー」と聞こえるクーイングと,6カ月ぐらいからの「バーバーバー」「ダッダッダ」「ブープー」と聞こえる喃語が意味化すること,母親の音声を自発的にまねること,さらに,音声を目的に合わせて自発的に使用でさるなどの段階がある。乳児早期からの準備が必要だ。さらに,言葉が出現する以前に,表情,視線,日の動き,音声,指さし,身振りなどでの非言語性コミュニケーションが育つことは極めて重要だ。すなわち,子どもがお母さんにおもちゃをみせたり,指でさしたり,物のやりとりを楽しんだりする子ども,物,大人の三項関係が成り立つことは言葉が育つ前段階として大切である。テレビ・ビデオからの一方通行の言語的働きかけは何の役にもたたない。生後6カ月ですでにテレビを消すと泣き叫びテレビのとりこになっている赤ちゃんがたくさんいる。また1歳ごろ言葉が数個出現しコミュニケーションが十分成立していても,その後テレビにはまりわずか6カ月間で言葉が消失し,肝心のコミュニケーション能力まで破壊されてしまった子どもたちに多数出合っている。
 言葉のない子どもたちへの対応は,早期対策しなければならない。まずテレビ・ビデオを禁止すること。次に,母親との関係が非常に希薄な子どもたちなので,母子グループの施設へ通ってもらう。子どものニーズに答えるという受身の態度が大切だ。子どものペースで付き合えるお母さんの態度ができてくると,母子は急速に結びつく。
 発見が遅れた言葉遅れの子どもたちを観察すると,自閉症に近い障害や,注意散漫,多動,衝動,固執,情緒障害,学習障害などをきたしている。軌道修正可能な年齢は年少程よく,3歳を越えると相当困難さを実感している。
 何はともあれ,子どもの心を育てる最も大切な時間,1〜2歳末満のテレビ・ビデオ長時間視聴はきわめて危険であることを警告する。新しいタイプの言葉遅れは早期発見よりも予防が全てだ。
 
「TVの幼児教育番組」は子どもの心を破壊する
 就学前の子どもたちは読み書きをどのように学習すればよいのだろうか。幼児教育番組ですら、間違ったことをしている。「セサミストリート」を例に挙げて検討する。
 
 微かなため息をつきながら4歳のナンシーは親指をくわえておばあさんの隣に座っている。画面では耳ざわりな音が激しく鳴っている。音楽と色彩の突風が現実よりも鮮明にそして騒がしく彼女の頭脳を集う。アニメの錯乱した喧噪が意識を攪乱する。キャラクターがテーブルの周りに座って、会話をパロディーして騒ぎまくる場面が映し出される。何を叫んでいるのかわからない。冬の突風が吹き荒れる音がする。ドアがバタンと閉り、お皿が割れる。すざまじい音響がことばをかき消してしまう。
 部屋のこちら側で、私は『セサミストリート』の知覚攻撃に気が遠くなっていた。背景の不快な音の瞬間的な移り変わりに翻弄されてしまっていた。『セサミストリート』の話の断片は時おり3分におよぶものもあるが、大抵は15から30秒程度のものである。人形、人、物、絵の容赦のないつなぎ、どのシーンも呪縛的に新奇であり視覚的にもつながりのうえでも出てはすぐに消えて行く。20分間の間に、スペインやメキシコからニューヨークの町、動物園、テレビのセットの裏側、ゲームのショウまで駆け回る。ピーナッツの栽培とピーナッツバターをつくる工程のアニメーションを15秒で見せる。古い南部のなまりをまねた声のナレーションが流れ、ナンシーは戸惑った顔をしておばあさんを見上げる。おばあさんが説明をしようとすると画面がもう変わる。目をまばたきしている間に消えたり、現れたり、大きくなったり、小さくなったり、跳ねたり、踊ったりしている画面の中の数字に子どもたちの注意は釘づけにされてしまう。
 点滅する数字の3があらわれ、並んでいる箱の間を跳ね回る。「スリー」という声がクラッシュ音とバンパンという音にまじって聞こえてくる。今度は、3がボールにかわり、3番目の箱の中に飛び込む。その箱はすぐに粉砕機か何かに変形し、数秒後に3は押しつぶされて、赤い粉となって管から吹き出される。
 「何が起こったの」とおばあさんは尋ねるが、ナンシーは「わからない」ときつねにつままれたような表情をしている。
 この原因と結果が隠された機械について、人の活動や経験をともなわない現実を変換する空想的な魔法の過程を明らかにする余裕はそこにはない。理解はもう飴和に達している。(セサミストリートの1例)
 
就学前の子どもにとって「脳に適切な」学習とは何か。
 小学1年生になって身につけるべき技能を、幼い子どもに訓練する間違った指導は賢い脳を育てない。幼い子どもの時期は、現実的な体験(遊び、何かを作ること、表現すること、話すこと)、想像的なごっこ遊び、昔話、児童文学を楽しみながら聞くことなどを通して、幼児期の脳はつくられる。小学校に入って本当の読み書き能力を獲得するために認知的、言語的下地を獲得することが大切なのである。ビーズ通し、木工遊び、砂場遊び、水遊び、クレヨンで絵を書いたり、型を切ったりといった自然体験活動が幼児の脳をつくる。
 
空虚なアルファベット 対 言語の意味
 読むということは字面を追うことではない。言葉の魂をつかむことである。文字や数字を憶えることは何の意味もない。読むことはいったい何であるかをたずねると、「単語を発音することです」と答える子どもが出現している。
 幼いとき映像からの話し言葉や状況判断を理解する能力はまだ極めて未成熟である。幼な子たちには、ゆっくりと、繰り返し、そして語の抑揚を強調して話してやる必要がある。話し言葉に優れている子どもは、結果的に高学年において読み書きが得意になる。
 
聞くことと見ること
 「セサミストリート」は聞く能力を育てることが乏しい。注意を払うという能力や話された言葉を理解する能力が育たない。聴覚は就学前の時期が発達の臨界期である。視覚的なものと言葉が同時に提示された場合、子どもたちは話しではなく視覚的な方へ注意を向け、憶えるのである。同じ昔話を本で読んでもらった場合と、テレビでみた場合、はっきり違いがみられる。テレビでみたグループは視覚的効果や主人公がしたことだけを言うのに対し、声に出して読んでもらったグループは話の中の内容について語り、より多くの情報を憶える。(「滅びゆく思考力」ジエーン・ハーリー)
 
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